不登校が会社を作る学校

加藤 勇貴さんプロフィール

テニスコーチになるまで

頭も悪く、スポーツが苦手、中学生の頃はいじめられっ子でした。
学校には親の手前、行かざるを得ず、自分探しの毎日

殴られることもしばし、喧嘩をすれば集団で入れ替わり立ち替わりといじめられた経験もありました。

だけど、自分自身を変えたいと必死で勉強し私立高校に進学
運良く有名校に入学できました。

氷河期時代の就職難にも関わらず、ベビースターラーメンの会社に入社。
待遇は良く、他社と比べて悪くはありませんでしたが、そこに自分がない事に気づき、ヒーロー物の役者を目指し芸能学院に通う。

何か好きな事でバイトをと考えてテニスコーチとして研修から始めました。

突き詰めて行くとテニスの楽しさと奥深さに魅入られ、選手の子とオーストラリアに研修へ。

テニスの聖地をその後、転々として海外のテニスを学びました。

選手の育成方法、テニスを通じての人間形成において海外のものは日本のものよりも優れていると学ばせていただきました。

途中、家庭教師や塾講師の経験もさせて頂きましたが、勉強が好きな子は少なく、心から応援ができない事から、テニス道一本に決めました。

17年目になるコーチ歴ですが、不登校の子達とも多数関わってまいりました。
大切なのは親の姿勢、周りの大人の細かい努力、正しい言葉の声かけ。
自分の能力をどうやって評価するか!

中学校の外部指導員の経験からもたくさんの事を得ました。

学校に通うことは大切だと思います。
一方で、様々な理由で通えない子、大きな夢を持って通えない子もいると思います。
場合によっては通学ができないケースもあります。
教育の義務が多い海外に対して日本では通学の義務が中学生まであります。

考える力を想像するため、将来自立して自分でお金を稼ぐ手段を身につけるため、
若い時に色んな角度から感じて、学んで、取り組む必要があります。

まあるい学校はそんな子達の心のよりどころとなると感じています。

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